2007/8/12
起きたら大分体調も良くなり、(普通なら車で行く距離のある)国境までの道のりをひたすら歩く(病み上がりのくせして)。 歩いて越境しようとしてポリス に止められ。それ3回位繰り返して。 車で行けって言われても、ズラリ列をなす車どれも満杯だし・・・と往生してたら日本人のK夫妻と出会う。中国生活も 長い夫妻に交渉してもらい、結局国際バスに乗っけてもらうことに。
(詳しくはK夫妻の旅ブログを! ( http://bloggers.ja.bz/ykon )
モンゴル に 入国!
国境を越えてすぐにザミン・ウドの町。の鉄道駅。
バスが一緒だった旅行者と食事を。名物ツォイワンっていう肉入り焼きうどんみたいのを・・・ん?何これ大味?おいしくなくない?この店だけかもと諦めて、 大盛りだったか完食。ポーランド人の彼からのお題「どんな死に方を望む?」に答えるのに窮した。ちなみに彼は「恐ろしく甘い大量の蜂蜜で窒息」だそうだ。 あと彼の荷物はポシェット一つっきりだった。
んで迷ったけどどこ行くあてもないのでやはり1泊の列車で首都ウランバートルへ行こうかと・・・思ったが今日のキップ売り切れとのこと。何でも子供の新学 期が始まるに当たり親たちは学用品を求めに中国へ買出しに行き、その帰りで今の時期は混みあうとのこと。って何だそりゃ!? なもんで列車は毎日あるけ ど、早朝から並ばないとキップは手に入らないとのこと。マジで!?
しゃあないどこか泊まらにゃ、って宿はどこだ?っつうかどこが町の中心だ??適当な売店でコーラ飲みつつたまたまそこにいたおっちゃんに尋ねると「中心? 知らん」「安宿?ない」みたえな答えをしかめっ面で。そんでその表情のまま「来い」っつうから付いてったら何とおっちゃんちに泊めてくれるとのこと。 驚 いて感謝して、「旅の指差し会話帳・モンゴル編」でひたすらおっちゃん・アマルバイエル(本名)の質問攻めに答え攻める。
しかし、体調が悪化していた。
鼻水も出るし熱っぽい。早めに寝せてもらお、と思ったが「メシだ」と言われ。食欲なかったがすこし頂こう、と思いきやまさかの焼きうどん、ツォイワン が!? 本当に、油汗を垂らしながらむりやり飲み込んだ、でも茶ばっかりお代わりして、ずいぶん残した。元々小盛りにしてもらってたのに。(店のよりは多 分うまかったけど、もはやそれも判断できず。) 食べる前から「具合が悪い」と説明してたが更に強調すると、「ならばこれが体に良いぞ」と酒を勧められ る、訴えが逆効果に~っ!? しかしチンギス・ハーン率いる蒙古軍がいかに強大だったかを誇示された直後なだけに、断れず飲んだ。飲んでしまった。しまっ た。・・・つううえええっっ!!何だこれ!見たら60度って書いてある。そしてもがくオレにおっちゃんは「どうだ、いいだろう?」とな。違います!逆で す!って言ってもおっちゃんはにこやかに、水をせがむ2才の娘にぬわんとその酒を飲んだコップ洗わずにそのまま!?
とにかく布団しいてもらい横になる。もとい、のたうちまわった。隣の居間ではTVで笑う家族の団らんが、オレはどんどん熱が上がり、あれひょっとしてこれ ヤバいのでは?との恐怖が苦しみと共に。・・・オレの呻き声で遂におっちゃんも指差し会話帳で「医者を呼びましょうか?」と示すがオレは「薬」を指し示 す。 すると錠剤を1錠くださり、飲む。すると、ものの5分か10分でたちどころに楽になる。ってどんな薬なんだ?つううえええっっ!?と。
いやもう風邪にも酒にも気を付けようと。そしてこれがこの旅で最悪の出来事であれ、と祈るばかりで、眠りに。・・・すると午前3時、おっちゃんオレをたたき起こして「列車のキップ買いに並ぶぞ!」と。カンベンして!
(詳しくはK夫妻の旅ブログを! ( http://bloggers.ja.bz/ykon )
モンゴル に 入国!
国境を越えてすぐにザミン・ウドの町。の鉄道駅。
バスが一緒だった旅行者と食事を。名物ツォイワンっていう肉入り焼きうどんみたいのを・・・ん?何これ大味?おいしくなくない?この店だけかもと諦めて、 大盛りだったか完食。ポーランド人の彼からのお題「どんな死に方を望む?」に答えるのに窮した。ちなみに彼は「恐ろしく甘い大量の蜂蜜で窒息」だそうだ。 あと彼の荷物はポシェット一つっきりだった。
んで迷ったけどどこ行くあてもないのでやはり1泊の列車で首都ウランバートルへ行こうかと・・・思ったが今日のキップ売り切れとのこと。何でも子供の新学 期が始まるに当たり親たちは学用品を求めに中国へ買出しに行き、その帰りで今の時期は混みあうとのこと。って何だそりゃ!? なもんで列車は毎日あるけ ど、早朝から並ばないとキップは手に入らないとのこと。マジで!?
しゃあないどこか泊まらにゃ、って宿はどこだ?っつうかどこが町の中心だ??適当な売店でコーラ飲みつつたまたまそこにいたおっちゃんに尋ねると「中心? 知らん」「安宿?ない」みたえな答えをしかめっ面で。そんでその表情のまま「来い」っつうから付いてったら何とおっちゃんちに泊めてくれるとのこと。 驚 いて感謝して、「旅の指差し会話帳・モンゴル編」でひたすらおっちゃん・アマルバイエル(本名)の質問攻めに答え攻める。
しかし、体調が悪化していた。
鼻水も出るし熱っぽい。早めに寝せてもらお、と思ったが「メシだ」と言われ。食欲なかったがすこし頂こう、と思いきやまさかの焼きうどん、ツォイワン が!? 本当に、油汗を垂らしながらむりやり飲み込んだ、でも茶ばっかりお代わりして、ずいぶん残した。元々小盛りにしてもらってたのに。(店のよりは多 分うまかったけど、もはやそれも判断できず。) 食べる前から「具合が悪い」と説明してたが更に強調すると、「ならばこれが体に良いぞ」と酒を勧められ る、訴えが逆効果に~っ!? しかしチンギス・ハーン率いる蒙古軍がいかに強大だったかを誇示された直後なだけに、断れず飲んだ。飲んでしまった。しまっ た。・・・つううえええっっ!!何だこれ!見たら60度って書いてある。そしてもがくオレにおっちゃんは「どうだ、いいだろう?」とな。違います!逆で す!って言ってもおっちゃんはにこやかに、水をせがむ2才の娘にぬわんとその酒を飲んだコップ洗わずにそのまま!?
とにかく布団しいてもらい横になる。もとい、のたうちまわった。隣の居間ではTVで笑う家族の団らんが、オレはどんどん熱が上がり、あれひょっとしてこれ ヤバいのでは?との恐怖が苦しみと共に。・・・オレの呻き声で遂におっちゃんも指差し会話帳で「医者を呼びましょうか?」と示すがオレは「薬」を指し示 す。 すると錠剤を1錠くださり、飲む。すると、ものの5分か10分でたちどころに楽になる。ってどんな薬なんだ?つううえええっっ!?と。
いやもう風邪にも酒にも気を付けようと。そしてこれがこの旅で最悪の出来事であれ、と祈るばかりで、眠りに。・・・すると午前3時、おっちゃんオレをたたき起こして「列車のキップ買いに並ぶぞ!」と。カンベンして!
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2007/8/13
んで朝7時に駅行ったら長蛇の列で、結局またも切符は買えず右往左往。いろんな人の協力で、何とか明日の切符の予約までこぎつけて。駅前に宿はあったがどこも満室。またもおっちゃんっちへおめおめと戻ったオレだった。「おめおめと」って言葉は長渕剛で知りました。
14日・K夫妻と共に三日目にしてようやく切符ゲット!夕方に列車は出発。夜中に砂漠も通って寝台にも砂が。同じコンパートメントだった(日本のツアー客のガイドの)ホンゴルさんは長身長髪の女性、あ!スーホの白い馬だったのかも。
15日・「6 dollar is nothing.」って言われて傷つく。自分にとってはnothingじゃないから値引き交渉したのに。それでもその、広いマンションのゲストハウスに泊 まる。2ドルで洗濯機も使う。が夕食のため外出しようとすると一人残ってたバイトの子が「今からあたしも誰もいなくなっちゃうから外に出ないで!?」って オレは宿直当番か。そんなウランバートル1日目。
16日・丘の上にゲル(移動式住居)テントが並んだGANA's guest house に引っ越す。しかし宿の前は大通りで、ちょっと売店に行くのにもそこ渡るのに一苦労。ハッキリとした「車優先」の国なのです。夜は真っ暗な中に、走る車をぬう歩行者。イヤー
17日・そしてどこで何を食べてもとにかく肉ばっかり。イヤー!?っつって、中国より高めの中華の店で食べる。丘の上の展望台から見えたのは、すぐした の大仏像でした。セクシーなおばちゃん(と連れ子)がfriendshipとか言うのでカフェまで着いていくと、食事っつってたのに酒ばっか頼み、お金な いっつうんでサッと去る。
18日・ザミンウドでK夫妻やオレを助けてくれたウランバートル在住の彼、のおすすめのレストランへ4人で。食べたことあるものが並ぶがそのどれもが食 べたことのない美味しさで参った。夜、同宿のヨーロピアン達とカフェへ。フランスの彼の名は「超ラッキー」と聞こえたが、地元の彼にはハッキリ「ゴールデ ンバット」と名乗られた。
19(日)・ゲルのドミトリーは雰囲気良い。客も次々入れ替わる。オレは本調子でなく寝たり眠ったり横になったり。
20日・別の宿のK夫妻から「北方への夜行列車で移動する」とメールが来たのでノープランのオレも同じ切符を買い、付いて行くことに。
21日・朝エルデネト到着。平原の中を相乗りのロシアンジープで一日中ガタガタ振り回されて、夜遅くにムルン着。ドミトリーで中国人のいびき一晩中。
22日・数時間ガタガタ揺られてフブスグル湖ほとりへ。相乗りのイスラエル人・レブと宿のゲルに相部屋。高原はさすがに寒く、ストーブに火をおこ・・せないオレ、夜通しで彼が。
23日・透明度で世界二位の湖、の端っこにて。子供たちた牛が水浴びをしており、空には自由に描かれた雲。もう満足してしまい、トナカイに会いに奥地へ馬で向かうK夫妻へは付いて行かず。・・・あれ?「馬で旅を」しにモンゴル来たのじゃなかったかしら??
24日・レブとムルンへ戻る。町外れの宿の裏手から素晴らしき山々に吸い込まれるように歩いてみたが遠いので、吐き出されるように戻る。宿の夜は音楽好きのアイルランド人が。
25日・町を気に入りもう一泊。
26(日)・エルデネト行きバスに。定員オーバーなので、座れても足の置き場がないほどで更に悪路だから30cm位ジャンプしてばっか。車掌はとっても 歌が好き。乗客皆に合唱させ、何故か独唱部分をオレに歌わせたという。っていうかオレ知らないのに。月夜の草原の中の幻想的、なトイレ風景。
27日・バスは朝4時着、っていうか夜だまだ。乗り継ぎのバスを12時まで待って、ウランバートルへと戻らん。同じ宿へと戻らん。ロシアからのチャリラー達の酒盛りそして楽器が。さらに宿スタッフによる(出た!)ホーミーが。目の前で。
28日・近郊の地にて、山の間を日帰りトレッキング、アスファルト上だけど。
29日・中国の30日ビザを取得。が、中国国境までの切符を・・・またも取れず、入国時の様にチーフに予約お願いを。公園で美人主婦が英語で話しかけてきてくれたが、何故かお互いの国の汚点を紹介しあってしまって。
30日・とうとうウランバートルそしてモンゴルを去る日が。ロシアン・チャリラーの金のモジャヒゲのデニスとお別れトークを。カタコト英語の彼だったが色々語り合えた。「Life is short」と彼。日本までチャリで来ればいいのに。
31日・風邪が完治した時はもう出国。モンゴルには敗北の感。アウトドア派じゃないと楽しめないかも?結果ついに馬には一度も乗らずじまい。そして前の旅とは違って自分の年齢・体力の衰えも実感、まだ旅立ったばかりなのに!
んで思い出のザミンウドに朝到着。が切符をもとめに並ぶ人もいず。もう秋なのかあと。イスタンブルへ留学するという学生たちと共に乗り合いジープで国境へ。ここも久々、の二連へ。久しぶりの中国の町は・・・旨そうな匂いがした!(飯屋が回りにないのに!)
14日・K夫妻と共に三日目にしてようやく切符ゲット!夕方に列車は出発。夜中に砂漠も通って寝台にも砂が。同じコンパートメントだった(日本のツアー客のガイドの)ホンゴルさんは長身長髪の女性、あ!スーホの白い馬だったのかも。
15日・「6 dollar is nothing.」って言われて傷つく。自分にとってはnothingじゃないから値引き交渉したのに。それでもその、広いマンションのゲストハウスに泊 まる。2ドルで洗濯機も使う。が夕食のため外出しようとすると一人残ってたバイトの子が「今からあたしも誰もいなくなっちゃうから外に出ないで!?」って オレは宿直当番か。そんなウランバートル1日目。
16日・丘の上にゲル(移動式住居)テントが並んだGANA's guest house に引っ越す。しかし宿の前は大通りで、ちょっと売店に行くのにもそこ渡るのに一苦労。ハッキリとした「車優先」の国なのです。夜は真っ暗な中に、走る車をぬう歩行者。イヤー
17日・そしてどこで何を食べてもとにかく肉ばっかり。イヤー!?っつって、中国より高めの中華の店で食べる。丘の上の展望台から見えたのは、すぐした の大仏像でした。セクシーなおばちゃん(と連れ子)がfriendshipとか言うのでカフェまで着いていくと、食事っつってたのに酒ばっか頼み、お金な いっつうんでサッと去る。
18日・ザミンウドでK夫妻やオレを助けてくれたウランバートル在住の彼、のおすすめのレストランへ4人で。食べたことあるものが並ぶがそのどれもが食 べたことのない美味しさで参った。夜、同宿のヨーロピアン達とカフェへ。フランスの彼の名は「超ラッキー」と聞こえたが、地元の彼にはハッキリ「ゴールデ ンバット」と名乗られた。
19(日)・ゲルのドミトリーは雰囲気良い。客も次々入れ替わる。オレは本調子でなく寝たり眠ったり横になったり。
20日・別の宿のK夫妻から「北方への夜行列車で移動する」とメールが来たのでノープランのオレも同じ切符を買い、付いて行くことに。
21日・朝エルデネト到着。平原の中を相乗りのロシアンジープで一日中ガタガタ振り回されて、夜遅くにムルン着。ドミトリーで中国人のいびき一晩中。
22日・数時間ガタガタ揺られてフブスグル湖ほとりへ。相乗りのイスラエル人・レブと宿のゲルに相部屋。高原はさすがに寒く、ストーブに火をおこ・・せないオレ、夜通しで彼が。
23日・透明度で世界二位の湖、の端っこにて。子供たちた牛が水浴びをしており、空には自由に描かれた雲。もう満足してしまい、トナカイに会いに奥地へ馬で向かうK夫妻へは付いて行かず。・・・あれ?「馬で旅を」しにモンゴル来たのじゃなかったかしら??
24日・レブとムルンへ戻る。町外れの宿の裏手から素晴らしき山々に吸い込まれるように歩いてみたが遠いので、吐き出されるように戻る。宿の夜は音楽好きのアイルランド人が。
25日・町を気に入りもう一泊。
26(日)・エルデネト行きバスに。定員オーバーなので、座れても足の置き場がないほどで更に悪路だから30cm位ジャンプしてばっか。車掌はとっても 歌が好き。乗客皆に合唱させ、何故か独唱部分をオレに歌わせたという。っていうかオレ知らないのに。月夜の草原の中の幻想的、なトイレ風景。
27日・バスは朝4時着、っていうか夜だまだ。乗り継ぎのバスを12時まで待って、ウランバートルへと戻らん。同じ宿へと戻らん。ロシアからのチャリラー達の酒盛りそして楽器が。さらに宿スタッフによる(出た!)ホーミーが。目の前で。
28日・近郊の地にて、山の間を日帰りトレッキング、アスファルト上だけど。
29日・中国の30日ビザを取得。が、中国国境までの切符を・・・またも取れず、入国時の様にチーフに予約お願いを。公園で美人主婦が英語で話しかけてきてくれたが、何故かお互いの国の汚点を紹介しあってしまって。
30日・とうとうウランバートルそしてモンゴルを去る日が。ロシアン・チャリラーの金のモジャヒゲのデニスとお別れトークを。カタコト英語の彼だったが色々語り合えた。「Life is short」と彼。日本までチャリで来ればいいのに。
31日・風邪が完治した時はもう出国。モンゴルには敗北の感。アウトドア派じゃないと楽しめないかも?結果ついに馬には一度も乗らずじまい。そして前の旅とは違って自分の年齢・体力の衰えも実感、まだ旅立ったばかりなのに!
んで思い出のザミンウドに朝到着。が切符をもとめに並ぶ人もいず。もう秋なのかあと。イスタンブルへ留学するという学生たちと共に乗り合いジープで国境へ。ここも久々、の二連へ。久しぶりの中国の町は・・・旨そうな匂いがした!(飯屋が回りにないのに!)
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2007/9/1
(1元=約16円)
二連にて。近所の風呂屋のチケット付、で15元の招待所に泊まる。近くに「金玉旅館」ってホテルも発見。
列車発車までギリギリって時に限って入った店はコシのありすぎる大盛り麺で、一生懸命噛みました。
いろんな国の人から「ハルキ・ムラカミのファンだ」と言われるが、何故に春樹だけがそんなに有名か?というオレも春樹の文庫を一冊所持。
で、内モンゴル自治区に突入。区都のフフホトに夜到着。宿の客引きたちの相場20元の中、春を売る女子「40元」って。安うっ!?・・・ネットカフェで朝まで。
2(日)・見所もなく、つうか公園で居眠りしたえいして午後移動、バオトウへ。
屋台の2元の麺の辛旨さに感動。青年旅館、オレを泊めれる泊められないで職員同士でギャーギャーもめないでくれ、去るからもう。駅からまっすぐ伸びる大通 りをひたすら進むが、どこまでも中心に出られず、バスに乗り気づく。でかい、町がでかすぎる。アメリカみたいだなと思った、アメリカ行ったこと無いけど。 結局中国ってどんな地方の町でも巨大なのね。すっかり夜も更け宿をさが・・・ビッグホテルしかない。野宿も覚悟したが、15元の風呂屋・寝られるタコ部屋 付、を発見。スッキリし、ほぼ貸切状態で眠る。
3日・よくある「上島コーヒー」チェーン店で遂にコーヒーを飲も・・としてやめた。1杯30元って、麺が何杯食べれるかって。硬座で一昼夜の列車移動を。なのに誰とも交流なく残念。
二連にて。近所の風呂屋のチケット付、で15元の招待所に泊まる。近くに「金玉旅館」ってホテルも発見。
列車発車までギリギリって時に限って入った店はコシのありすぎる大盛り麺で、一生懸命噛みました。
いろんな国の人から「ハルキ・ムラカミのファンだ」と言われるが、何故に春樹だけがそんなに有名か?というオレも春樹の文庫を一冊所持。
で、内モンゴル自治区に突入。区都のフフホトに夜到着。宿の客引きたちの相場20元の中、春を売る女子「40元」って。安うっ!?・・・ネットカフェで朝まで。
2(日)・見所もなく、つうか公園で居眠りしたえいして午後移動、バオトウへ。
屋台の2元の麺の辛旨さに感動。青年旅館、オレを泊めれる泊められないで職員同士でギャーギャーもめないでくれ、去るからもう。駅からまっすぐ伸びる大通 りをひたすら進むが、どこまでも中心に出られず、バスに乗り気づく。でかい、町がでかすぎる。アメリカみたいだなと思った、アメリカ行ったこと無いけど。 結局中国ってどんな地方の町でも巨大なのね。すっかり夜も更け宿をさが・・・ビッグホテルしかない。野宿も覚悟したが、15元の風呂屋・寝られるタコ部屋 付、を発見。スッキリし、ほぼ貸切状態で眠る。
3日・よくある「上島コーヒー」チェーン店で遂にコーヒーを飲も・・としてやめた。1杯30元って、麺が何杯食べれるかって。硬座で一昼夜の列車移動を。なのに誰とも交流なく残念。
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2007/9/4
蘭州(←ガイド本のこの文字と中国内で今使われてる簡体文字は違ってて困った)に到着。駅前広場の大半を整列入場の人々が埋め尽くし。 チベット鉄道のラ サまでの切符をパーミッションの提示も求められずあっさり入手、やった!血液瞬間沸騰! ずいぶん大きな都市だなあと感じたが、麺屋では「西安の方がでっ かいし、良いよ!」と言われ(他の町を薦める前にこの便所臭のする麺を改良しろよ)。 泊まったユースホステル(その実、広いレストランの端の部屋をドミ トリーにしただけ)にて日本人パッカーと。
5日・この黄河の流れがはるか北京へまで続いてるのか~と感慨に浸り(見た目どぶ川よく言えばコーヒー色、だけど)。やっぱ川の流れる町が好きだなあ と、小山を登った公園から見下ろした眺めで実感。 「農民旅社」っていう五人部屋で五元、の宿へ。独房に五人って感じのその部屋は流石にやめて3つベッド の八元の方に泊。そっちもほとんど刑務所だったけど。
5日・この黄河の流れがはるか北京へまで続いてるのか~と感慨に浸り(見た目どぶ川よく言えばコーヒー色、だけど)。やっぱ川の流れる町が好きだなあ と、小山を登った公園から見下ろした眺めで実感。 「農民旅社」っていう五人部屋で五元、の宿へ。独房に五人って感じのその部屋は流石にやめて3つベッド の八元の方に泊。そっちもほとんど刑務所だったけど。
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2007/9/6
近郊へ観光へ。 昔バイトでお世話になった課長、の運転するボートで人造(とは思えないでかさの)湖を一時間ぶっ飛ばして。途中ある地点を境に水面の色が くっきり変わる不思議さよ! んで崖をくりぬいた大仏などを見学するが、どうやって登ったのだか大仏のはるか頭上の急斜面で草をはむ白ヤギ3頭を発見し、 むしろそっちの方に手を合わせ。 さらに驚いたことにはボートに同乗だった中国五人組はとっくに戻っており、聞けば「あんなのに五十元はバカらしい や~」って入口で引き返したと。ボート往復だけしに来たのかよ!? でもその後彼らに湖上レストランにて生簀の鯉料理をたらふくご馳走になったのでした、 謝謝!
7日・昼過ぎ、北京西駅発ラサ行き{夢の}列車に途中乗車。寝台と同様すぐ売り切れる硬座の席は…硬くない!ふかふか!ってか普通の鉄道車両とまるで違 う、通路はじゅうたん敷いてあるし新幹線みたいな電光掲示板まで!何て快適な!…とはいえやはり中国、昼夜過ぎる頃には床いっぱいにひまわりの種など散乱 する訳だが、皆工夫して(無茶して)席の下にすっぽり体を入れ寝たりして可笑しかった。
7日・昼過ぎ、北京西駅発ラサ行き{夢の}列車に途中乗車。寝台と同様すぐ売り切れる硬座の席は…硬くない!ふかふか!ってか普通の鉄道車両とまるで違 う、通路はじゅうたん敷いてあるし新幹線みたいな電光掲示板まで!何て快適な!…とはいえやはり中国、昼夜過ぎる頃には床いっぱいにひまわりの種など散乱 する訳だが、皆工夫して(無茶して)席の下にすっぽり体を入れ寝たりして可笑しかった。
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2007/9/8
すごい。
って一日中言ってた気がする。世界で一番高いとこ走る鉄道、5000m超をも!
これ以上の車窓は他にはないだろうなあ、これは言葉じゃ表せませんホント。
夢の様な列車に揺られて、ついに神様の住むチベットに。
って一日中言ってた気がする。世界で一番高いとこ走る鉄道、5000m超をも!
これ以上の車窓は他にはないだろうなあ、これは言葉じゃ表せませんホント。
夢の様な列車に揺られて、ついに神様の住むチベットに。
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2007/9/9
どの列車も夜にラサ駅着なのはやはり絶景エリアを昼間に堪能してもらおうって配慮なのかな? 遅くに着いたユースホステルのドミでは、イスラエル人たちは 夜中まで合唱大会、沖縄パッカーは「中国人は至るとこで糞する、旅してるうちにもう大体この裏道は人糞ありそうだな~とかって感知できる様になった」など と面白く、なかなか眠れず。
フロントには洗濯無料って書いてるくせに実際は重さ制限こえたら有料、下着は受け付けない、って怒るおばちゃん。なもんで自分で手洗い、中庭に干すときもおばちゃんとかち合わない様コソ~っと。
10日・真ん中ドーンと吹き抜けで、中国寺風の趣き深い宿に移る。広東の広州から来た女子と相部屋で、ドキドキしつつトーク。しかし二人きりな訳はなく、イビキオヤジとも相部屋でよく眠れず。
フロントには洗濯無料って書いてるくせに実際は重さ制限こえたら有料、下着は受け付けない、って怒るおばちゃん。なもんで自分で手洗い、中庭に干すときもおばちゃんとかち合わない様コソ~っと。
10日・真ん中ドーンと吹き抜けで、中国寺風の趣き深い宿に移る。広東の広州から来た女子と相部屋で、ドキドキしつつトーク。しかし二人きりな訳はなく、イビキオヤジとも相部屋でよく眠れず。
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2007/9/11
チベット仏教総本山・ジョカン寺へ参拝。入口前からびっちり並んだチベタン達の列に混じって。大混雑でも大感動!
午後、ラサのシンボル・ポタラ宮殿へ登る。入口前から見下ろした景色と共に感動、大満足!
…2つとも同じ日に行くとは…忘れられない日になった。 その後小山の上の寺への道は分からなかったけどまあいいや。 いかにもアジアンな内装ドミト リーが15元、の青年旅館へ移り、コリアンガールと日本語でおしゃべり。 夜ラサに着いたばかりの日本女子と会食したメシ屋は不味かったけどまあいいや。
午後、ラサのシンボル・ポタラ宮殿へ登る。入口前から見下ろした景色と共に感動、大満足!
…2つとも同じ日に行くとは…忘れられない日になった。 その後小山の上の寺への道は分からなかったけどまあいいや。 いかにもアジアンな内装ドミト リーが15元、の青年旅館へ移り、コリアンガールと日本語でおしゃべり。 夜ラサに着いたばかりの日本女子と会食したメシ屋は不味かったけどまあいいや。
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2007/9/12
昨日とは別世界の朝が。 ドミの日本男子・Oさんが「カメラが無くなったんですけどどどうしたらいいでしょうか」と。 コリアンガールは「枕元のバッグか ら現金盗まれた」と訴えている。 皆で押し黙る沈黙を破って中国女子、「…あれ?うそ、無い、現金まるごと盗られたわーっ!?」と騒ぎ出し、その瞬間俺は 余りにもひどい状況に笑ってしまいそうになったのだった。 俺は貴重品ポシェットを常に服の下にして眠っており無事だったが、6人いたうちの半分が被害に 遭ったのだった。元々ドア鍵もなく、よくスタッフやらそれ以外の輩が出入りしていたのだが、犯行時誰も目が覚めなかったとは悔やまれる。 女子二人はス タッフの仕業に違いない(まあそうだろうが)、警察に行っても意味ない、と。さらに宿側は、外国人を宿泊させられる免許がないから警察呼ばないでほしい、 と!? しゃあないんで俺は「盗難証明書が保険に必要なので」というOさんと警察へ行くことに。それでカメラ代は取り戻せても、中のデータは二度と戻って こないのがキツい、と。分かる。俺も前の旅で荷物まるごと失った時、あちこちで書いてもらったアドレス帳という金で買えないものが諦め切れなかったから。 今回たまたま俺は無傷だったが、それはホントにたまたまだった。旅行者はいつどんな被害に遭うか分からない。戒めねば。 大事件直後のOさんだったが、イ ンド・ネパールカリーを食べながらアジアのトイレ話で盛り上がった。7ヶ月もチベットをあちこち旅してたとのこと、俺もいつか本格的にチベットを旅するか もなと夢は膨らみ。 …忌まわしい宿を移り、ホテルの屋上から二人で夜景を。闇にぽっかり浮かぶポタラ宮は夢の様で、いつまでも忘れられないだろうなあ。
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2007/9/13
チベットの田舎の方はものすごいんだろうなあ。そして高い所であればあるほど神様に会いやすいんだろか。
更にまた宿替えて(同じ街の中で旅してる気分)。 部屋でOさんといろんな旅トークを。アジアについてはどうしても安いね貧しいねって話になるがOさん 曰く「元は足りていた生活に、強国が無理に入って来て貧しさを生むのではないか」。 夜も二人カフェ屋上からポカラったり屋台で煙の中スパイシーな肉の シャシリクったり。
更にまた宿替えて(同じ街の中で旅してる気分)。 部屋でOさんといろんな旅トークを。アジアについてはどうしても安いね貧しいねって話になるがOさん 曰く「元は足りていた生活に、強国が無理に入って来て貧しさを生むのではないか」。 夜も二人カフェ屋上からポカラったり屋台で煙の中スパイシーな肉の シャシリクったり。
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2007/9/14
未明から巡礼バスで各地の寺へ参る地元民、と共に俺も山や川の絶景を眺めつつ。敷地内の本堂の隣が宿とは何と合理的な。近所の丘の上まで登って見下ろすと寺全体の配置がマンダラになっているのが見渡せる、素晴らしい。陽気なチベタンらと相部屋で
寝る。
15日・川をショートカットする渡し舟に乗った後でラサと逆方向のバスに乗ってしまう奇特な我よ。 風呂用位の高さの木のイスとテーブルがTVに向かっ て何列も並んでる茶店、がよくあるのだが立ち食いそばよりまずいチベタン麺、をまずくいただく。 丘の上からチベタンにならって祈りつつ聖なる小色紙をば らまく。
16日・ラサのネットカフェにて一晩中リップスライムのPV見たりして明かして。 チベタン・カレーってば、あ~っさりとしていて辛くな~くて、改めて カレー世界の奥深さを感じもはや畏敬の念すら覚え。 チベット博物館とっても充実しておったが、お目当てのタンカ(マンダラ画)のコ-ナーに限って照明が 薄暗すぎてよく鑑賞できなかったぞフンガー!?
17日・「あたしはセラ寺が一番好きですっ☆」と彼女は笑顔で言った。あ~彼女の名前すら聞かなかった失敗したなあ…もしこれ読んでたら至急連絡を乞う、家族が心配してます。 てことでOさんも推薦のセラ寺へ行っ…たけど50元って言われ受付で引き返す。
18日・みんなしてオススメするので巡礼バスでガンダン寺へ参ると、その全てがまるでオススメされたとお~りでした。
長年愛用スニーカーの片方がつま先からかかとまでじょ~うずに下ろした魚のごとくパッカリ破れてしまったゆえ、ラサにて初めてお買い物…うむやはりアジ アだ、最初の値から平気で3分の1までは下がる、面白え。けど買わず結果、スノウランドホテルのドミに置き去られてたズックを頂く。同ホテルにゃ1泊しか しとらんのに日本人が多いしシャワーが使いやすい為連日通ったという。 ビザが切れる月末までに出国を予定していたが、「十月一日・国慶節という中国最大 の祭日に伴いその前後一週間はどこも超混雑さらに一部の国境も休みになることも」って知って遂にラサを離れる決意を。
19日・ネットカフェで明かして麗しのラサと涙のお別れを。
寝る。
15日・川をショートカットする渡し舟に乗った後でラサと逆方向のバスに乗ってしまう奇特な我よ。 風呂用位の高さの木のイスとテーブルがTVに向かっ て何列も並んでる茶店、がよくあるのだが立ち食いそばよりまずいチベタン麺、をまずくいただく。 丘の上からチベタンにならって祈りつつ聖なる小色紙をば らまく。
16日・ラサのネットカフェにて一晩中リップスライムのPV見たりして明かして。 チベタン・カレーってば、あ~っさりとしていて辛くな~くて、改めて カレー世界の奥深さを感じもはや畏敬の念すら覚え。 チベット博物館とっても充実しておったが、お目当てのタンカ(マンダラ画)のコ-ナーに限って照明が 薄暗すぎてよく鑑賞できなかったぞフンガー!?
17日・「あたしはセラ寺が一番好きですっ☆」と彼女は笑顔で言った。あ~彼女の名前すら聞かなかった失敗したなあ…もしこれ読んでたら至急連絡を乞う、家族が心配してます。 てことでOさんも推薦のセラ寺へ行っ…たけど50元って言われ受付で引き返す。
18日・みんなしてオススメするので巡礼バスでガンダン寺へ参ると、その全てがまるでオススメされたとお~りでした。
長年愛用スニーカーの片方がつま先からかかとまでじょ~うずに下ろした魚のごとくパッカリ破れてしまったゆえ、ラサにて初めてお買い物…うむやはりアジ アだ、最初の値から平気で3分の1までは下がる、面白え。けど買わず結果、スノウランドホテルのドミに置き去られてたズックを頂く。同ホテルにゃ1泊しか しとらんのに日本人が多いしシャワーが使いやすい為連日通ったという。 ビザが切れる月末までに出国を予定していたが、「十月一日・国慶節という中国最大 の祭日に伴いその前後一週間はどこも超混雑さらに一部の国境も休みになることも」って知って遂にラサを離れる決意を。
19日・ネットカフェで明かして麗しのラサと涙のお別れを。
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2007/9/20
深夜1時ゴルムドに到着。駅前自体が眠っているので待合室で朝を待つ。しかし野宿などの経験上言えることだが、朝は待っていてもなっかなかやって来ない。 夜は思っている時間の何倍もの長さなのだ。なので朝に対しては待つなどどいう受身の姿勢ではダメだ、こちら側からどんどん攻めるべし!…ってどゆこと? …かくして駅を出て、攻めた。っていうか深夜までやってる置屋を冷やかして回った。とは言え冷やかすつもりが実際にはむしろこちらの方が若干モヤモヤと熱 くさせられてしまう訳なのでもう中止して、4時でも開いてる内臓スープの店にて腹ごしらえを。よけい熱くさせられ。
んでよーやく朝、よーやくバスターミナルが開いたがカウンター、「中国人ですか?」とチケット売ってくれず。地域の決まりで外国人は要パーミッション、 警察で取って来てと。で簡単に取っては来れたが、「バスはもう出た、次は夜行だ」と簡単に言われ。 予定外のゴルムド観光…するとこなし! 18時ようや く夜行バスで出発…おお~っ、これが噂の{三列二段ベッド,but,狭すぎ}バスかあ~、つうか俺の最後尾だけは通路なくて無理矢理五人かよっ!? でも 途中食事休憩でふいに俺の周りに人だかりウルルン状態になったり、ふと気づけば車窓はプラネタリウムの星空で、旅気分満喫。
んでよーやく朝、よーやくバスターミナルが開いたがカウンター、「中国人ですか?」とチケット売ってくれず。地域の決まりで外国人は要パーミッション、 警察で取って来てと。で簡単に取っては来れたが、「バスはもう出た、次は夜行だ」と簡単に言われ。 予定外のゴルムド観光…するとこなし! 18時ようや く夜行バスで出発…おお~っ、これが噂の{三列二段ベッド,but,狭すぎ}バスかあ~、つうか俺の最後尾だけは通路なくて無理矢理五人かよっ!? でも 途中食事休憩でふいに俺の周りに人だかりウルルン状態になったり、ふと気づけば車窓はプラネタリウムの星空で、旅気分満喫。
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2007/9/21
敦煌に来た! 何だか日差し強い! 行くぜ観光、出国まで日がないぜ、と仏像の宝庫・莫高窟へと。したらチケット「外国人180元」!?…入るの止めまし た。裏に回ると誰もいない砂丘が、おお~っと暑い中で感動、砂漠気候で砂丘。これで満足して戻ろうかなと表に回るその時、柵を越えられそうな地点発 見。・・・ここでクイズ、結局そこでどうしたでしょうか??(答の発表は自主規制。) んで夕方もう一ヶ所の観光地・滑り降りたりもして遊べる大砂丘 へ・・・(答・入らなかった)あ、問題出す前に答を!…でも外からもドーンと見え、日は暮れてまさに月の砂漠だった。 バスタミ宿の4人ドミは初め俺一人 だったけど夜中目覚めるたびにおっちゃんとおっちゃん臭が増えてて朝には4人埋まってて4臭。2007/9/22
朝おっちゃんの一人が食堂で「朋友(パンヤオ)」って言っておごってくれて。
バスからの景色は見たことないカラーの地層、ついに新疆(しんきょう)ウイグル自治区へ入る。ハーミーの町に着く。女神像も名物ハミ瓜を抱えてた。モスク と聞いて訪ねれば見た目は普通の中国寺、しかし中身はちゃんとイスラム・モスクで感激。清真寺と言うそうな。兄ちゃんに声かけられ屋台街にて、初めて名 物・ラグマンを頼んだら・・・うわあっ!すごいっ!麺の革命や~っ!?美味すぎて泣いた。コシのあるうどん風の麺の上に羊肉や野菜をジュッと旨煮炒めた具 をサッと乗せて…中国で様々な麺を食べたけど比べられないや。 あとたまたま入った牛肉麺の店がまた大当たり。 宿探しは苦戦したが、ベッドと部屋のサイ ズが同じ位に狭くて耳元にまで隣の部屋の声の聞こえるしかしそれでも居心地良く安心して眠れたのはとっても愛想のいいおじさんの宿だったから。やっぱりス タッフの質・雰囲気が宿の条件で重要かなあと。
23日・列車でシェンヤンへ。郊外の駅から町まではタクシーしかなく仕方なく大学時代の民謡娘・カメちゃんの運転で…って客3人になるまで何度も駅周辺 を行ったり来たりでかなんわ!んで観光地の大砂丘へ…やっぱり中には入らず、バスで町の周辺…はしけた感じだったのでスルーしバスタミへ。 トルファン へ。うわ!ウイグル人が多いぞ漢人より、外国って感じでテンションアップ!バザールの活気もグー。夜の中央広場では音と光に合わせた噴水ショーが、ってこ んな地方でこのレベルのものが見られるんじゃあ、こりゃ北京五輪の開会式が楽しみ!? 一応宿は一通りあたる、がネットカフェで朝まで。
24日・国慶節は近いぞ早く中国脱出せにゃあ、と思いつつトルファンの雰囲気の良さにのほほんと過ごす(日差しがものすごいけど)。そしたら郊外にある バスタミに行き遅れその(ウイグル人のいない)町に泊まることに。ここで事件発生、しかしブログには書けない、…ん~何でも書ける人っているのかしら?
バスからの景色は見たことないカラーの地層、ついに新疆(しんきょう)ウイグル自治区へ入る。ハーミーの町に着く。女神像も名物ハミ瓜を抱えてた。モスク と聞いて訪ねれば見た目は普通の中国寺、しかし中身はちゃんとイスラム・モスクで感激。清真寺と言うそうな。兄ちゃんに声かけられ屋台街にて、初めて名 物・ラグマンを頼んだら・・・うわあっ!すごいっ!麺の革命や~っ!?美味すぎて泣いた。コシのあるうどん風の麺の上に羊肉や野菜をジュッと旨煮炒めた具 をサッと乗せて…中国で様々な麺を食べたけど比べられないや。 あとたまたま入った牛肉麺の店がまた大当たり。 宿探しは苦戦したが、ベッドと部屋のサイ ズが同じ位に狭くて耳元にまで隣の部屋の声の聞こえるしかしそれでも居心地良く安心して眠れたのはとっても愛想のいいおじさんの宿だったから。やっぱりス タッフの質・雰囲気が宿の条件で重要かなあと。
23日・列車でシェンヤンへ。郊外の駅から町まではタクシーしかなく仕方なく大学時代の民謡娘・カメちゃんの運転で…って客3人になるまで何度も駅周辺 を行ったり来たりでかなんわ!んで観光地の大砂丘へ…やっぱり中には入らず、バスで町の周辺…はしけた感じだったのでスルーしバスタミへ。 トルファン へ。うわ!ウイグル人が多いぞ漢人より、外国って感じでテンションアップ!バザールの活気もグー。夜の中央広場では音と光に合わせた噴水ショーが、ってこ んな地方でこのレベルのものが見られるんじゃあ、こりゃ北京五輪の開会式が楽しみ!? 一応宿は一通りあたる、がネットカフェで朝まで。
24日・国慶節は近いぞ早く中国脱出せにゃあ、と思いつつトルファンの雰囲気の良さにのほほんと過ごす(日差しがものすごいけど)。そしたら郊外にある バスタミに行き遅れその(ウイグル人のいない)町に泊まることに。ここで事件発生、しかしブログには書けない、…ん~何でも書ける人っているのかしら?
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タグ: 牛山すすむ
2007/9/25
早朝の鉄道で big city ウルムチへ。今度は冷えるじゃん、高地なのねん。バスを乗り継ぎ(途中の町ではメシ屋が見つからなくて肝を冷やし)景勝地、山の上の湖、天池へと向かう。 したら地元農民ばかりのバス、途中で皆降り客は俺一人だけになると入場ゲート前で運ちゃん、おもむろに窓のカーテンを閉め俺に「伏せろ」とジェスチャー で。100元の支払いをスルー。と思いきや運ちゃん今度は「80元ちょうだい」と笑顔で手を出し。さあクイズ、その時俺はとっさに中国語が分からない振り をしたでしょうか or not ? 湖はさらに危なっかしいロープウェイで寿命を縮められつつ登り、さらに歩いてやっと辿り着い…た割には特に感慨もなく、それより背後にそびえるお山が 素敵。
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2007/9/26
の夜のウイグル人街にたどり着き興奮。外国だーっ。日本語みれないネットカフェでイス寝。 ていうかそのうち何のサイトも開けなくなり朝、安くしてと店員ともめ。
中国の朝は公園に限る。中心の人民公園にて、地面に水筆で絵画のような達筆をえがく老人にしびれ、中年合唱隊の楽しそうな顔に歌の良さを再確認し、はたまたそれぞれ違ったそれこそ世界中のジャンルのダンス・サークルを眺め回し。
昼は丘の上の公園へ、夕方もっと高い丘の公園へも。大都会で緑にかこまれた日。違うネット屋でオールナイト。
中国の朝は公園に限る。中心の人民公園にて、地面に水筆で絵画のような達筆をえがく老人にしびれ、中年合唱隊の楽しそうな顔に歌の良さを再確認し、はたまたそれぞれ違ったそれこそ世界中のジャンルのダンス・サークルを眺め回し。
昼は丘の上の公園へ、夕方もっと高い丘の公園へも。大都会で緑にかこまれた日。違うネット屋でオールナイト。
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2007/9/27
漢人の国からウイグル人の国へ、二カ国をひょいひょいまたいでる感覚、同じ市内なのに。日中のウイグル人街の混雑の中、ズボンのポケット(の財布)に向かって金バサミ(焼き芋屋の、あるいは清掃員がごみ拾うようなの)が入れられそうになっ た様に見えた、のは気のせいだったかな? と、混雑から離れた屋台でパンツ購入、それをしまおうと両手で荷物を降ろしたその時、今度はハッキリポケットに 金バサミが!?
「あーっ」って叫んで間一髪、サッと手をひっこめた悪人、しかしダッシュで逃げるかと思いきや「それが何か?」って顔を向けてきて、普通に歩き去ってった。あっけにとられるだけの俺。、、、居直りスリ?あな、恐ろしや。若いそいつの奥底までほの暗い目が忘れられない。
んでいい加減シャワーを浴びたいが町なかだし、と思ったら運良く(受付のおっちゃんにべたべたさわられたけど)あって、いよいよ大国脱出のための深夜バスへと。上段で左右通路なのに前のより狭くて寝苦しく。